深夜の街は騒々しい。それが歓楽街ならば尚更だ。
店先を綺麗に彩る色とりどりのネオンがアスファルトに降り注ぎ、客寄せとサラリーマンたちに虹色の光を浴びせかけている。
「いらっしゃいいらっしゃい。お兄さん、カワイイ子がたくさん揃ってるよ!」
「よーし、今日は奮発三千円出血大サービスだ。入っていかないと損だよ!」
舌先三寸の物言いに、スーツ姿が何組も吸い込まれては消えていく。
数時間後には、ねじりはちまきを頭に括った泥酔状態のシャツ姿か、身ぐるみ剥がされパンツ一枚になった男共が吐き出されるはずだ。
それを見るここの住人たちが、その様をクスクスと笑う。笑うだけ笑い、足もそのままに歩いていく。
誰も彼らを助けやしない。なぜなら、ここではよくある風景のひとつだからだ。
そしてもうひとつ。ここ最近生まれたよくある風景が、喧騒と怒号と一緒に街へと飛び込んできた。
見るからに未成年な少年少女たちが、寄ってたかって一人を囲んでいるのだ。
囲まれているのは男のようだが、髪は伸び放題で薄汚く、コートのような服を羽織っているも、何週間も洗っていないかのように茶色くなっていて、元の白さは見る影もない。
そんな浮浪者然としたみすぼらしい男を、四、五人が一方的に叩きのめしていた。
「ねぇねぇおっさん、俺たち貧乏でさぁ。何か恵んでくれねぇかなぁ?」
「あたしィ、知り合いに臓器バイヤーがいるんだァ。腎臓の一つや二つなら、高く買ってくれるかもよォ?」
それじゃあ全部なくなっちまうだろ、と取り巻きの少女の言葉を笑いながらも、男を蹴る力が衰える様子はない。
そう。金目の物を出してくるまで、少年たちの暴行の嵐は、文字通り死ぬまで止まりはしないのだ。
このようなことが、日本だけでももう何十何百と起きている。明るみに出ていないものも含めれば、まさに数え切れないくらいの事が、毎日のように起きているのだ。
そしてこの光景も、その中のひとつにすぎない。それでもやはり、誰も彼を助けようとはしなかった。
誰もそんな面倒なことはしたくないし。
誰も親切心で災難に遭いたくはない。
だから誰もが眼を逸らし。
だから誰もが笑いあう。
これは自分のいる世界で起きている出来事であるはずがない、と意図的に意識を外へ逃がしているかのように。
そんなとき、現状に変化が訪れた。袋叩きにされながら「やめてください」と懇願していた男が、懐からひとつの小さな黒い箱を取り出したのだ。
それを見た少年少女は態度を一変。「最初から出せば良かったんだよ」と言って乱暴に奪い取り、口々に唾と罵声を男に吐きかけて去っていく。
それを見ていた野次馬たちも、口々に「かわいそうにねぇ」「え~もう終わりなの~」などと無責任に言い残して、その場から離れていく。
後に残されたのは、ぼろ雑巾のように倒れている男が一人。
だけど彼は生きている。たとえ現在も過去も、そして未来さえも不幸だとしても、それでも彼は生きている。
アスファルトに倒れ伏す背中に、煌々と夜の闇を照らし続ける不夜城のネオンライトが、励ますように当たっていた。
ここは夜の歓楽街。酒と女と暴力が、弱者を蹂躙する世界。
指環を巡る物語は、ここから終わりの始まりを迎える。
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